« 東京マラソン記念Tシャツ | メイン | 結婚について »

北岳いきました

どうも

連休に南アルプスの北岳に行ってきました。まず、無事に帰ってきたことを報告しておきます。

で、なかなか凄まじい経験をしまして、どう書けばうまく伝わるか難しいところですが、ここに記録します。ちょっと長いです。


5/4(出発前日)
 準備やらなんやらで2、3時間の睡眠しか確保できず。

5/5
早朝東京出発。甲府まで電車で行き、そこから夜叉神峠の登山口までバスに乗車。同じルートで北岳に登ろうという登山客は見当たらず、完全に友人と2人だけになることを知る。

準備を整えて登山開始。この頃に雨がぼそぼそ降り始める。12時くらい。しばらくは林道沿いをひたすら歩く。

途中で昼ご飯を食べて、林道から鷲ノ住山(この山を経由して北岳に入る)へ突入。感覚的には結構険しいと思えたが、地図上では険しいマークなし(地図には、ここは険しい道ですとか倒木が多いとか親切に書いてある)。最後の方で道を間違えて30分くらいタイムロス。雨に打たれて体力が落ち始めるも、超細い吊り橋を渡ってテンションが上昇。

16時くらい、宿泊予定の池山御池小屋に向けて北岳の登山口から突入。時間的に明るいうちに山小屋に入れないことは分かっていましたが、ルート通りにいけば着くはずというノリで山に入る。この登山道は険しいマークあり。雨は相変わらず降り続く。

18時くらい、薄暗くなっては来ましたが、ルートの目印(登山ルートには赤とかピンクのリボンがついている)を慎重に探しながら割と順調に登り続ける。ただ、雨のせいかなんかですでに体力低下していることに気付く。

19時くらい、完全に日没。懐中電灯を頼りに目印を探しては登るということを繰り返し、ペースは落ちていましたが、何とか歩を進める。後ろを振り返ってみると完全なる闇。ちょっとヤバいかもと思い始める。

20時くらい、ルートを見失う。少し戻って目印を探し直そうとしても、戻り道でまたもや迷いどうしようもなくなる。遭難が確定。

20時30分くらい、友人と相談の結果、ルートは上に決まっているという思い込みのもと適当に進もうとしたところで、懐中電灯が故障。野営することに決定(テント持っていないので)。気温の低下と雨による体温の低下で生命の危機を本気で感じる。このころ、命をつなげることを最優先として、すべての判断をするようになる。

友人持参のゴミ袋と荷造りロープを使って雨をしのげる2畳くらいのゴミ袋ハウス(壁なし)を作成。まだ濡れていない数少ない服に着替えて寝袋に入り込み、夜通し天井のゴミ袋に溜まった水をストックを使って押し出すという作業を続ける。このころ、死にたくないと心の底から思うようになる。

翌日(5/6)
2〜5時くらい、雨が弱まってきてこれは生きながらえることができるんじゃないかと思うようになる。

6時くらい、雨が強くなってきて、山がとどめを刺しにきた。絶望がぶり返してくる。

6〜8時くらい、交代で一時間ずつ仮眠をとる。雨はやまない。このころ、雨を心の底から憎くむ。

9時くらい、雨はやまないものとして、下山することを決定。準備をして出発。明るくなって回りを見てみたら、すぐそばに昨晩探せなかった登山ルートを発見。ほんの少しの距離で生死を分つ可能性があることを知る。山、恐ろしい。

11時くらい、昨日登ってきた道を戻る途中、岩場で足を滑らせて滑落。
岩やらなんやらあるところを20メートルほど転げ落ちる。何とか木に引っかかって止まり、何故かほぼ無傷。友人曰く10回転ということでしたが、僕の感覚では5回転でした。転がっている途中は自分の意志で体を動かすことができず、ただただ転がるのみでした。落ちる瞬間の感覚は何とも言えないものでした。

14時くらい、やっと登山口に戻る。このころ、幻覚が見え始め、岩とか苔の模様が、人とか字に見えてくる。友人は川の流れる音が音楽に聞こえていたそうです。2人とも極限状態だったと思われます。

15時〜19時くらい、もう山に入るのはイヤだったので、前日通った鷲ノ住山ではなく、林道を抜けたところにある温泉を目指して歩く。その距離15キロ。この時期、登山口のある林道は閉鎖中のため、人っ子一人いず、ずっと川の流れる音を聞きながら(友人にとってはヒップホップとか)、とぼとぼ歩き続けました。ちなみに僕はずっと壁の模様が人とか字に見えていました。

19時過ぎ、林道の突き当たりの目的地まであと僅かというところで、道路を閉鎖している高さ3メートルくらいあるゲートを発見。若干へこみましたが、行くしかないということで乗り越える。

19時30分くらい、一日ぶりに走っている車を発見して、人恋しさから止めて道を聞く。

19時40分くらい、さっき道を聞いた人が戻ってきて、温泉まで乗せていってもらう。温泉旅館が満室で2軒断られるも、その人に連れて行ってもらい3軒目で宿を確保。その親切な人との別れ際に名前を聞いたところ、名乗るほどの者ではありませんよ、と言われ感動する。

その後、宿で温泉に入ったり洗濯してもらったりで体力を回復して、帰京。幻覚も見なくなり、無事生還となりました。


細かいところで他にもいろいろなことがあったり、思いとかありましたが、とりいそぎ事実をかいつまんで書いてみました。急いで書いたので文章変かもしれないです。

あと、山でケータイこわれました。もしも心配して連絡してくれている人がいたなら、もうしわけないです。生きて帰ってきたので勘弁してください。

30年生きてきて、最も死に近づいた3日間、生きていてよかったよかった。今度また北岳リベンジしようと思います。

投稿者 tookie : 2009年05月07日 22:49

コメント

コメントしてください




保存しますか?